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大和文芸大賞について

さて引っ越し前夜です
最後にもう一度記事を掲載します
「立て逃げかよ!」と思われるかもしれないタイミングではございますが、ご意見ご感想ご批判につきましてはネット環境が復活しだい聞きまくる所存でございます
今回の記事は先日開催された大和文芸大賞に対して、私が実際に見て思ったことや、一部参加者の方から直接伺った内容を元に書いたレポートです
少々過激な内容であり、これによって波風が立ったり、私自身が批判をうけることを覚悟の上で掲載するものです
またこれは文芸大賞主催であります大和文学協会副代表「灘籠女」さまの事前の許可を得ましての掲載でございます
この記事を書きましたのは文芸大賞の表彰式があった4月2日の2日後の4月4日ですので、これを掲載した4月7日現在までに事実が変化したものもあるかもしれませんことも予めお断りいたします

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『大和文芸大賞について』

私の住む大和シャードは、嬉しいことに近頃各分野での活性化運動が目まぐるしい
それは、私が愛して止まない文学業界にも波及し、私のラジオにも出演していただきました灘籠女さんなどの個性がある、また行動的で活動に意欲的な人材が多く誕生している

大和文学協会という作家コミュニティーの誕生と、同コミュニティーの主催する大和文芸大賞など、大変に素晴らしい企画が催されるまでとなった

大和文芸大賞とは、いわゆる本のコンテストである
大和では、年に一度の大和文化祭開催時に催されてきた文学賞以外、目だった本のイベントやこうしたコンテストというものがなかった
この文学賞にしろ、大和文化祭の直属イベントといった感じのものであるから、明確な主催者がいて、そこが文化祭に参加するといった他の参加イベントと違う運営形態であったため、文化祭の有無により存在があやふやになる可能性のある非常に不安定なものであった

そういったこともあって、新たな文学コミュニティーの主催によるコンテストの開催は待ち望まれてきたことであり、私自身非常な期待をよせていた

そしてこの大和文芸大賞は、4月2日の表彰式をもってひとまず第一回の開催を終えた
関係者の皆様や作家の皆様には、心より「おつかれさま」と「おめでとう」を言いたい

しかしである
この大和文芸大賞、そしてそれを運営した大和文学協会に対する疑問点や不信感が、私の中で日を追うごとに強まっていったのも、正直なところだったりするのである

まず、そもそもこの大和文学協会なる組織(?)とは一体なんなのかということである
大和文学協会の発起人(と思われる)灘籠女さんのブログを参照してみるに、2月15日に、「文学を愛する限りなく自由な「ギルドではない」団体」を目指すとされており、実際に協会が発足した(したと思われる)3月初旬には、文学協会という名称だけが再度登場し、協会の明確な説明がないまま文芸大賞の構想が登場している
また、当然記す必要があるであろう協会の公式HPにでさえ、協会が一体どういうものなのかの説明がまったく記載されておらず、明確な組織形態をとらないとしていたところで、上記の基本理念すら一文も書かれていない

2月15日のブログ記事の「コメント」に少しの詳細は語られている
本来ならコレも表でいうことであろうが、それはまぁいいとして、そこに書かれている文から協会がなんなのかということを抜粋すると以下のようになる
①公式ではない
②本の販売はしない
③加盟制度はない
この内容に関しては「公式ではない」とは一体どういう意味なのか疑問が残る部分ではあるが、とにかくは文学愛好家達の自称によって存在するものであると解釈するのが自然であろう

それなら別に何も悪くないではないか・・・と思われるかもしれない
しかしである、そうであるならば、この協会には明確な執行部が存在することは不可能なのであって、そういったものがイベントの主催を強行したことは、矛盾していることなのではないだろうか
ギルドでないのは自由度や気軽さが増すから大変よろしいことであるが、これだけの内容では運営権がどこにあるのかまったくわからない
現状では提唱者に響きのいい肩書きが加わるだけである
彼らが催すと詳細まで決めたイベントに参加するだけが他の文学者の役割なのだろうか?

こうして本来明確な形でのイベントを催すことができないはず(結成?から時間がたって色々話が進んでいれば将来的に主催もできたのかもしれないが)の文学協会の名の下に文芸大賞は企画されたのである

ちなみにこの文芸大賞は、開催が3月6日に公に発表されてからの期間的余裕がまったくなかった
最初の告知での日程は以下のようなものである
・作品投稿期間:3月6日(月)~3月18日(土)
・作品投票期間:3月19日(日)~3月25日(土)
・表彰式:3月26日(日)22:00~
明らかに急ピッチな日程であるが、未発表の新作ではなく既存の作品でも応募が可能だったためまだ良かったといえる

また、初回だからということもあったとは思うが、非常に規約に穴がおおく、参加希望者から質問がいくらかよせられたようである
特に大和以外のシャードから参加できるのか否かについては、質問が来た時点で、どうするか考え、その時許可を出したといった様相であった
ちなみに許可が出たあとも、その旨を伝える対外的な告知はなかった

このギュウギュウ詰めの日程と問題の規約が告知された時点で、「まだ告知して間もないので一度取り下げてから規約も再度練り直すべき」と提案も行われたが、日程の再変更はいいとしても規約の書き直しや、寄せられた質問に対応する書き直しは最後まで行われなかった

ちなみにこの文芸大賞の宣伝規模は、大和イベント専門板である「メリマ」と最近復活し、私も常日頃お世話になっているUOIのイベント告知システムによるものが主で、あとは作家の口コミでその存在は知られていった
日本シャード全体的にも、近頃本のコンテスト形式のイベントはご無沙汰だったこともあり、大和以外からのシャードからの参加応募も多く、出展作品の数はなかなかのものとなった
ちなみに、協会HPや灘さんのブログ等は、参加者と作品名の一覧を掲載はしたが、出身シャード等は記載されていないため、全ては把握できない

作品を集めるときの手法にも些か問題がある
募集要項によれば「作品本体と名前と簡単な紹介を記した赤本を袋にまとめたうえで会場に設置された投稿箱に入れる」というスタイルをとっている
これでは主催が作家本人に出会うことができない
作家がどこの誰なのか不透明になる/作品を扱う上での責任が確保されない/作家も主催側に作品が届けられたのか確認がとれない・・・というようなことが予想されるし、そうしたことを考慮して、これまで各所で開催されてきた本のコンテストのほとんど(私の知りうる限りでは全て)作品の受け渡しは手渡しが原則として行われてきた

しかも、私が直接確認したわけではないが、参加者の話を伺ったところ投書箱はなんと「無限セキュア」で設置されていたとのことらしいのである
これは申し訳ないが完全に責任意識が欠如しているとしか思えない

そんなこんなで投票受付開始から間もなくの3月20日、投票箱が全部ロストするという事故が発生した
これは状況からみて誰の責任でもなく、バグの仕業であると当初より予想がされていたが、これに対する主催の対応がまた非常に良くなかった
灘さんが投票箱のロストをブログ上にて発表した折りに同時に今後どうするかについての見解というものは
①「大和文学協会」の解体
②本屋「灘書店」の閉鎖
③文学活動、その他の行動の自粛
という非常に気の毒な内容であった
灘さん自身の責任感の強さの表れともとれないこともないが、そもそも灘さんに責任は恐らく無いわけで、過剰すぎる対応であった
しかし問題はそこではない
問題は、「投票箱がロストした時点で文芸大賞自体を途中放棄しようとした」ということである
多くの作家の方々が作品を提供し、またそれに投票しにきてくれた方々もいる中で、一個人の責任として全てを投げ出そうとしたことは暴挙である

この一件は、出展者その他の慰めや提案によって何とかひと段落し、文芸大賞は投票の仕切りなおしという形で継続されることとなった
これによって表彰式の日程も4月2日ということになる

かくして表彰式は行われたわけだが、表彰式が終わってから2日たった今現在、ブログにしろ協会HPにしろ結果発表がいまだされていない
参加者に対するお礼や反省点についての掲載のみである
「順位や投票数を明らかにせよ」と言いたいわけではなく、大賞と副賞くらいは決めたのだから、そのことくらいきちんと発表するべきではないのか
票数も本人だけに教えることはしてもよいであろうし、参加者に記念の賞状を渡すとか、そういう小さな気配りだけでも印象は大きく変わったのではないか

また主催に大きく関わっているとされているキリコさんにしても、こんな状況下で掲示板への書き込みで「この賞は作品に優劣をつけるものではない」「作家同士が刺激し合うことで大和文化を活性化することが目的」などと言われても怒りしかわいてこない
せっかくコンテストをやったのだし、優劣は関係ないにしても最低でも大賞と副賞くらいは発表すべきであろうし、展示するなりして作品の内容をより多くの人に一定期間だけでも目に触れるように処置してこそ刺激し合うことになるのではないのか
最低でもそこまでやってくれないと「ステキな文化イベントだったね」とは言い辛い
これなら図書館の宣伝を強めるか即売会やったほうがよっぽどよい



長ったらしく偉そうに意見というか批判を行いましたが、私は文芸大賞を催された方々と敵対する意図はまったくありませんし、憎んでいるわけでもなんでもありません
まだイベント歴が若く、十分な経験もない中、勇気と情熱をもって開催に踏み切ったことには本当に心より敬意を表したいのです

文学協会というものが売名行為と受け取られても仕方が無い矛盾した形態であり、さらにそんな実態が無いはずの組織名を翻してコンテストを行い、それが初めから終わりまで、真っ当な対応と、正しい責任意識を持って運営してくださらなかったことに対して、私は声を上げずにはおれなかったのです
はっきりいいまして、これは大和シャードの文学業界や文化発展の風潮全体のイメージ低下につながった失敗行動であると断言します
さらに運営者がそれを今からでも払拭しようとする姿勢がまるで見られないのです
「反省点は多かった」と繰り返すばかりで、運営が自ら宣言したはずの「大和文学協会HPに「御意見箱」を設置」という処置も文芸大賞がおわって大分経つ現在も講じられていません(見落としている可能性もなきにしろあらずですが、けっこう隈なく見ても見つかりません。公式から見つけにくいという時点で問題があり、その運営姿勢に疑問が残る事は設置していない場合と同様です)
私は文学協会を自称する方々が今後文学イベントを主催していくことに危機感すら覚えています

イベントというのは「頑張ってやった」ということだけではいけないのです
参加してくれる方々に喜びを与えることも重要なのです
「これが大和の文化だ!」と他シャードにも胸を張れるものであってほしいのです
これは私から、文学協会を自称される方々への叱咤激励であります

私の主張していることが100%正しいと思っていただけるとは思っていませんが、少なくとも主催された方も「今回のことには反省点が多い」ということだけは自らも表で言っておりますし痛感されていることと思います
それならば本当に反省点を次回の文芸大賞なり、その他の文化活動に生かしていただきたい
そう思う一心であります

大和に栄光あれ




あとがき

灘さんはとても意欲的で素晴らしい人材だと、私は知り合いにも灘さん本人にも何度と無く言ってきました
これはいまでも変わらずそう思っています
ただ今回のことについては、やることやることが裏目にですぎた・・・ということなのでしょう
あと私はキリコさんを責めることはしたくない
文芸大賞が発表された直後、キリコさんも寝耳に水なところがあったようだし、全体的な運営でキリコさんは深く関与していないと思うからです
つながりで名前だけ表に出てしまったのでしょう・・・きっと
私はあくまで文学協会に対しては応援姿勢であり、灘さんはじめ関係者の皆様でより良いものにしていってもらいたいと思います
by yugiultima | 2006-04-07 22:54
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